行雲流水 〜お気に召すまま〜

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読書感想:『ユーリーとソーニャ』

アンリ・トロワイヤの『ユーリーとソーニャ』(福音館書店)を読み終わりました。

 

作者について

本名レフ・タラーソフ。現代フランスを代表する作家のひとり。1911年、モスクワの裕福な事業家の家庭に生まれるが、ロシア革命を逃れて一家は1920年パリに移住した。長じて19歳で作家として出発、1938年に『蜘蛛』でゴンクール賞を受賞。――中略――長期にわたる旺盛な作家活動ののち、2007年3月没。

引用元:アンリ・トロワイヤ『ユーリーとソーニャ』(福音館書店

 

概要

ユーリーとソーニャは11歳。クリスマスを心待ちにしていた幼い二人の住む家にも、やがて革命の波が押し寄せ、一家あげての逃避行が始まる。母さんは再び父さんに会うことができるのか。ユーリーとソーニャの幼くも激しい恋の行方は――ロシア革命期の動乱の中にあっても、愛する喜びを忘れなかった少年と少女の物語です。

 

内容紹介

ユーリーは11歳。裕福なサモーイロフ家の息子です。
一方のソーニャは、ユーリーとは3ヶ月遅れて生まれた11歳。ユーリーの母さん付きの小間使いドゥニャーシャの娘です。
母さんはドゥニャーシャのことを心から気にかけていたので、ユーリーとソーニャを兄妹のように一緒に育てることを望んでいました。

 

革命の波は、徐々にサモーイロフ家にも近づいてきていました。
ある日、袖に赤い腕章をつけ、ベルトにピストルを差した連中がやってきて、家宅捜索を始めます。
父さんは真っ青になりました。サモーイロフ家が、「人民の敵」として何人かから告発されているというのです。
父さんと母さんには、その人物に心当たりがありました。その名を挙げてみても、彼らは教えることはできないと頑なに拒否します。
やがて父さんは引っ立てられて、行ってしまいました。

 

動いたのはドゥニャーシャです。父さんは政治になど関わっていません。それを証明するため、何日も当局へ通いました。
ようやく父さんが釈放されて戻ってきましたが、当局の疑いは晴れたわけではありません。
すぐにでもクフシーノヴォから離れ、ハリコフに行くべきだと勧めるドゥニャーシャ。通行許可証はすでに手元にありました。
まず父さんが先に出発し、母さんたちの通行証が手に入り次第、後から合流するという手筈になっていましたが、母さんは不安でたまりません。
しかし、家族全員が安全であるためには、そうするしかないのです。

 

父さんが出発してから二週間経ちましたが、残された家族は依然として出発できないままでした。必要な書類と切符をまだ手に入れることができないでいたのです。
ドゥニャーシャは何度も当局に掛け合い、重要人物と面会を重ねていました。

 

父さんからの便りがずっとないままだったので母さんは不安を消せずにいましたが、ついにある朝、ハリコフからの手紙が届きます。父さんは無事に着いているようでした。

 

ようやく家族が出立するのに必要な書類と切符も手に入りました。母さん、ドゥニャーシャ、ユーリー、ソーニャの4人の旅がいよいよ始まりました。

 

駅は人でごった返していました。4人が乗る車輌は、引き戸が開くと同時に人びとが殺到し、車内は超満員になりました。乗り切れずに車輌の屋根の上に陣取った人たちもいるようです。

 

母さんはこんな状況に我慢できず降りようとしますが、ドゥニャーシャに説き伏せられます。
ユーリーはそんな母さんに同情しつつも、一方で喜びの気持ちもありました。これから未知の世界に飛び込んでいくことを思うと、とてもわくわくしていたのです。

 

列車は停まったり動いたりを繰り返していましたが、それはいつも突然のことで、乗客たちも必死でした。
停まっている間に用をすまさなければなりません。列車はすぐにでも出発するかもしれないのです。
列車が駅に停まったときも、ホームは常にどこも人であふれ返っていたので、ホームに降りようなんて考える人は一人もいませんでした。すぐに場所を取られてしまうからです。

 

ドゥニャーシャが男の乗客に絡まれるシーンもありました。ドゥニャーシャは毅然と応じますが、男は執拗にドゥニャーシャに絡みます。ドゥニャーシャはついに男とともに車輌の奥へと消えましたが、ユーリーがドゥニャーシャの顔を見ると、まるで面白がっているかのような表情でした。
心配してソーニャのほうを見てみましたが、母親がこれからどんなひどいことをされるかもしれないというのに、ソーニャはまるで心配していないようでした。
この女の子には計り知れない何かがある――ユーリーはそう思わずにはいられませんでした。

 

その男は、いつの間にか車内からいなくなっていました。ユーリーは、ドゥニャーシャが殺したのだと気付きましたが、本人は否定していました。
実のところ、この男には周りの乗客も迷惑していたので、ドゥニャーシャはみんなから賞賛を浴びることになりました。

 

相変わらず列車は停まったり動いたりを繰り返していましたが、列車での旅をついに終わらせなければならない瞬間が来ました。
前方の線路が取りのけられてしまっており、もはや歩いて行くしかなくなってしまったのです。
途方に暮れ、悪態をつく人びと。4人も困り果てていました。

 

そこへ、隣村から駄馬を引いた村人たちがやってきます。彼らは、多額の報酬を支払いさえしてくれれば次の駅まで乗せていってくれると言いました。
大部分の乗客が断る中で、ドゥニャーシャは母さんに耳打ちします。助かるためには、この話に乗るしかない、と。
結局、他の裕福な乗客たちも次々と馬車に乗り込んでいきます。母さんも札束を馭者に渡し、一行は馬車で出発しました。

 

ところが、馭者は他の馬車とは違う道を行きます。ここが近道になると言い張っていましたが、実はそれは収容所への道だったのです・・・!
馭者はドイツ人に彼らを引き渡した後でまた次のカモを探して列車のところに戻る、ということを繰り返していたのでした。

 

気付いても、時すでに遅しです。4人は収容所に入れられてしまいました。
母さんがスペイン風邪にかかったり、ユーリーとソーニャが頭を丸坊主にされたりと、辛いこともありました。
しかし、収容所で親しくなった人たちの力添えもあり、母さんは回復することができました。医師の許可は下りていたので、4人は四輪馬車を雇ってすぐに出発し、ハリコフ行きの列車に乗りました。

 

無事にハリコフに着き、ようやく父さんに会える!と喜び勇んで父さんのいるホテルに向かいましたが、すでに父さんはホテルを引き払った後でした。

 

しかし、母さんに宛てた手紙を管理人が預かっていたので、母さんはそれを読みました。
手紙によると、父さんはオデッサにいるとのことです。当局の手下がまた父さんを追ってきて、逃げ出さざるを得なかったのでした。
しかし、月末までのホテル代を支払ってくれていたので、4人はひとまずホテルに身を落ち着けることにしました。

 

ホテル滞在中、母さんはずっと疲れ切っていました。
父さんによると、ジャーヴォロンコフという男が必ず助けになってくれるというので、ドゥニャーシャは毎日彼に頼みに行っていました。

 

そしてある日、ついにオデッサまでの旅の手配ができました。必要書類もすべて揃っています。
今回は、今まで乗っていたようなギュウ詰めの列車ではなく、きちんとした一等車で旅ができるのです。しかも有産階級の人たちがお金を出しあい、一車輌をまるごと借り切ったのでした。
母さんは幸せと感謝の気持ちに満たされ、目に涙をいっぱい溜めていました。

 

道中、列車の脱線などヒヤリとする場面はありましたが、4人は無事にオデッサに到着します。
そこには、待ち焦がれた父さんの姿もありました。

 

父さんが家族のために見つけた住居は簡素なものでした。オデッサでの生活は、それまでの旅での苦難を思うと信じられないくらいに平和なものでした。
母さんは父さんと長いあいだ離ればなれになっていたせいか、二人とも子どもたちの前でもおかまいなしに手を取り合い、見つめ合っています。まるで若返ったようでした。

 

その後、両親の間で小さないさかいがありましたが、あっけなく仲直りします。父さんは、母さんのために指輪まで購入してきました。
それを見ていたユーリーは、ソーニャとの仲に「わさび」を入れることが大切なのではと思うようになりました。
ソーニャもそれに賛成し、二人は散歩中にわざと言い争いの場面を演じます。しかし、ユーリーが言ったことはどうやらソーニャを本当に傷つけてしまったようでした。

 

仲直りの印に、ユーリーは父さんがしたように、ソーニャに何か贈らなければと考えます。
しかし、ユーリーにはお金がありません。本屋でたまたま目に入ったものを盗み、それをソーニャに渡しました。ソーニャは機嫌を直します。

 

そのまま二人の唇がゆっくり触れ合いました。
ユーリーは自分の中で何か激しい衝動が突き上げてくるのを感じましたが、それが何なのかは、幼いユーリーにはまだわかりません。

 

それからというもの、二人は毎日の散歩が終わると部屋に戻り、二人だけの時間を過ごすようになりました。
ユーリーは、ソーニャの傍らに横たわるだけで満ち足りた気持ちになりましたが、同時にどこか恐ろしい気持ちも抱いていました。愛というものはこれが全てではないような気がしていたのです。
外の世界で起きていることはどうでもいいことでした。ただ二人きりで過ごすその短い時間が、二人にとってのすべてでした。

 

やがて、父さんがぽつりと言います。フランスに逃げなければならないだろう、と。ユーリーは、また旅ができることが嬉しくて喜びにふるえました。
段取りは、母さんの希望でドゥニャーシャがすべて行うことになりました。父さんと再会できたのも、ここまでたどり着くことができたのも、すべてドゥニャーシャがいてくれたからこそなのです。母さんは彼女を信頼していました。

 

ドゥニャーシャは母さんの信頼に応え、すべての手筈を整えてくれました。
しかし、書類と切符は、3人分しか用意していないと言います。父さん、母さん、そしてユーリーの3人です。
ドゥニャーシャは、娘のソーニャと一緒に残ることを決意していたのでした。
ソーニャがそれを知らされていたのかどうかはわかりませんが、ユーリーはあまりの衝撃に言葉も出ませんでした。

 

「でも・・・・・・でも、そんなことってあるはずがありません」と母さんが口ごもります。
「いいえ、あるのですよ!奥さま」ドゥニャーシャが声をひそめて言いました。「わかってくださらないといけません。フランスでいったい何をするというんです、ソーニャと私は?私たちの国、それはロシアです・・・・・・」
「私たちだって同じですよ、ドゥニャーシャ、でもボリシェヴィキたちが牛耳っていては!」
 ドゥニャーシャはあいかわらず冷静に答えました。
「私はボリシェヴィキたちがこわくありません・・・・・・」
「私たちに、あんなひどいことをしたというのに?」
「私には、何もしませんでした。それに結局のところ、あの人たちは同胞です、私と同じ境遇の人々、労働者です・・・・・・」

引用元:アンリ・トロワイヤ『ユーリーとソーニャ』(福音館書店)、232~233ページ

 

父さんはハッとして、お金と宝石の隠し場所をのぞいてみました。そこは、すでに空っぽです。
怒りに燃える父さんは、ドゥニャーシャを罵倒しました。

 

もちろん、ドゥニャーシャは、母さんから受けた恩を忘れたわけではありません。
しかし、ドゥニャーシャは、3人のために自分がどんな役割を果たしたかを思えば、自分が報われるのは当然のことだと言い放ちます。

 

母さんも言い返しました。

 

「あんなにしてあげたのに、あなたがた母娘のために・・・・・・」
「で、もしかして私は、あなたがたのために何もしなかったのでしょうか?あなたがたがここにいらっしゃるのは、私の働きのおかげではありませんか!これから出発できることになったのだって、私がいたからこそなのですよ!そうでしょう、奥さま、私たちはこれで貸し借りなしです!」

引用元:アンリ・トロワイヤ『ユーリーとソーニャ』(福音館書店)、236ページ

 

ユーリーには、今までのドゥニャーシャが嘘みたいに思えました。ソーニャに声をかけようとしましたが、父さんの厳しい声で止められてしまいました。
ドゥニャーシャとソーニャは、行ってしまいました・・・・・・。窓から見ると、二人の隣に男がいました。それは、ジャーヴォロンコフでした。

 

後味の悪い別れでしたが、ドゥニャーシャは自分の仕事を立派に果たしていました。客船はとても清潔で快適です。
フランスに行くと言っていた当初はとても喜んでいたユーリーですが、今やユーリーの心は晴れませんでした。一人の少女が、もう自分のそばにいないのですから。永久に・・・・・・!

 

父さん、母さん、そしてユーリーは、遠ざかってゆく海岸を見つめていました。
叫びたくなるような心の痛みを抱えた少年の涙とともに、この物語は幕を閉じます。

 

感想

ロシアにおける激動の時代を描いた作品です。
作品全体を貫いているキーワードが、「ボリシェヴィキ」。暴力による革命を主張し、その思想は「ソビエト連邦共産党」へと引き継がれてゆきます。

 

革命のターゲットとなったのは、ユーリーの父のような富裕層です。
彼らは財産を取り上げられた上に、政治的な関わりなど皆無でありながら「反革命」分子として逮捕・処刑されました。
その結果として彼らが選択した道は、祖国を捨てて亡命することでした。

 

家族も、財産も名誉も、祖国すらも失った人々の行き場のない怒り、かなしみ、苦しみ――それらが物語の至るところから訴えかけてくるようで、途中で読むのが辛くなってくるほどでした。

 

そんな中でひときわ温かい光を放つのが、ユーリーとソーニャの二人です。
ユーリーのソーニャに対する気持ち。ユーリー自身はそれが「恋」という名前であることにはなかなか気付きません。一方のソーニャは、どうやら恋愛のなんたるかを心得ているような節があります。

 

逃避行の中で、ユーリーがソーニャを大切に想う気持ちは日に日に強くなります。
父さんとの再会を果たした後、平穏な日々の中で二人は幼いながらも大人顔負けの情熱をもって愛するようになります。
ユーリーはソーニャと二人きりの時、好きな人と触れ合えることに喜びを感じるとともに、自分の中でうごめく感情に戸惑いを覚えるようにもなります。「性」に目覚め始めた男の子――その心情がとても丁寧に描かれています。いやらしさとかは全然ありません。

 

この物語の中でキーとなる人物は、やはりなんといってもソーニャの母ドゥニャーシャでしょう。
ドゥニャーシャが節々で発揮する行動力や機転がサモーイロフ家の窮地を何度も救い、父さんとの再会という目的を果たすのに大いに貢献しました。

 

そのあまりにも毅然とした態度に、一体この人は何者なんだろうと何度も思いました。こんなにサモーイロフ家のために尽くしているけれど、実は最後に大どんでん返しがあるのではないだろうか・・・。

 

そうヒヤヒヤしてたら、予想してたのとは違ったけどやはり最後にサモーイロフ家は大きな代償を支払うことになりました。
そしてそれがユーリーとソーニャを引き離すことになり、ユーリーは失意のうちにフランスへ逃れていきます。
ユーリーにとっての初めての恋は、あまりにも早く終わってしまいました。

 

二人のその後については想像するしかありませんが、きっとこの二人と同じ運命を辿った名も無き恋人たちはたくさんいるはずです。
どんな形でもいい、どうか幸せになっていてほしいと、願わずにはいられません。