行雲流水 〜お気に召すまま〜

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読書感想:『サクランボたちの幸せの丘』

アストリッド・リンドグレーンの『サクランボたちの幸せの丘』(徳間書店)を読み終わりました。

 

作者について

一九〇七-二〇〇二。スウェーデンに生まれ、一九四四年に、『ブリット-マリはただいま幸せ』(徳間書店)でデビュー。その後、児童書の編集者として働きながら、数多くの作品を発表し続けた。――中略――、『サクランボたちの幸せの丘』は、デビュー作に続くリンドグレーン初期の少女小説の傑作。

引用元:アストリッド・リンドグレーン『サクランボたちの幸せの丘』(徳間書店

 

概要

父さんの故郷で自然豊かな農場暮らしをすることになった16歳の双子、バーブロとシャスティン。農場での日常や、好きな人との出来事を生き生きと綴った、少女二人の成長の物語です。

 

内容紹介

バーブロとシャスティンは、町に住む双子の姉妹。二人とも本当にそっくりで、傍目には見分けがつきません。左の頬にちっちゃな茶色のそばかすがぽつんと一つあるほうがバーブロ。この物語の語り手です。
父さんは、二人の娘が生まれたとき、「サクランボたち」というあだ名をつけました。

 

ある日、16年間ずっと町で育ってきた二人の生活を、急に変える出来事が起こりました。
父さんが故郷に帰って農場の仕事を始めることになり、母さん、バーブロ、シャスティンの三人も一緒に移り住むことになったのです。

 

リルハムラという名のその農場と屋敷は、美しい大自然に囲まれた場所にありました。もともとこの屋敷は人に貸し出していたのですが、その借地人は家の中をきれいにすることなく出て行ってしまったこともあり、家の中は荒れ果てていました。
父さんは、母さんがこの家を嫌がるのではないかと心配でしたが、母さんは修理してきれいにしたらこの家は素敵になると言って喜んでくれました。

 

最初の数週間は家の修理で大変でしたが、母さんの言ったとおり、修理が終わると実に見事な家に生まれ変わりました。
バーブロとシャスティンの部屋も与えられ、そこは「サクランボの住みか」と名付けられました。

 

農場の仕事は大変だったけど、とても楽しい毎日でした。
やがてシャスティンは、一番近い隣人であるサムエルソンさんの息子のエーリックという若者と恋仲になり、夜になると頻繁に出掛けるようになります。
バーブロは一人の時でもできるだけ楽しく過ごそうとしましたが、そんなバーブロも、やがてビヨルンという若者と出会い、次第に惹かれ合っていきます。
エーリックとビヨルンは、ずっと前からの知り合いだったことがわかりました。

 

バーブロとビヨルンは一緒にいる時間が増えました。ビヨルンはバーブロをいろんな場所に連れて行ってくれました。お互いに、包み隠さずいろんなことを話すようにもなりました。
時には、シャスティンとエーリックと一緒に四人ででかけることもあります。それはとても素晴らしい時間でした。

 

バーブロとシャスティンは、ある日アンとヴィヴェカという女の子とも親しくなります。二人はとてもやさしくて親切にしてくれました。
アンのお兄さんのトール、その友人のクリステルとも顔見知りになります。

 

クリステルは、バーブロと一緒にドライブがしたいと伝え、木曜日の夕方に二人で出掛けることになりました。
バーブロは、ビヨルンのことが気にならないわけではありませんでしたが、ビヨルンはその週の間ずっと気管支炎で寝込んでしまっており、正直いってビヨルンがリルハムラに来られなかったのは好都合だったのでした。

 

土曜日、バーブロとシャスティンはアンの18歳の誕生日パーティーに招かれます。
バーブロはクリステルと、シャスティンはエーリックとダンスをし、楽しいひとときを過ごしました。

 

リルハムラでの日々は、二人にとってますます楽しいものになってきました。
ある日、父さんと母さんが家でダンスパーティーを開くことになり、農場じゅうの人が集まってきました。
バーブロもいろんな人と踊りましたが、やはりクリステルとほとんど踊っていました。ビヨルンとクリステルが同時にバーブロにダンスを申し込むこともありました。しかし、バーブロはなぜかクリステルと踊るほうを選んでしまうのでした。

 

バーブロとクリステルが二人で外の柵に腰を下ろしたところで、ビヨルンが目の前に現れます。切羽詰まったような表情のビヨルン。

 

「踊ってくれませんか?」
 わたしは、どうしたらいいのかぜんぜんわかりませんでした。ビヨルンはたのみこむようにわたしを見ているし、クリステルはわたしの手を握っているのです。とうとうわたしは、言ってしまいました。
「ごめんね、ビヨルン、今すごく疲れてるから、次の曲にしてもらえる?」
 ビヨルンの目が妙なふうに光ったかと思うと、彼は「ああ、わかったよ」と言って、きびすを返して行ってしまいました。
 信じられないほど馬鹿なわたしは、そのまま柵にすわって、自分はものすごくもてるんだ!とまったくいい気になっていました。次の曲がはじまり、クリステルとわたしは納屋の中へ戻りましたが、ビヨルンの姿はどこにもありませんでした。

引用元:アストリッド・リンドグレーン『サクランボたちの幸せの丘』(徳間書店)、129~130ページ

 

クリステルはその後もほぼ毎日バーブロに会いに来ました。しかし、ビヨルンは一向に姿を見せません。
バーブロは、だんだん楽しくなくなってきて、布団に入ると悲しくなりました。

 

ある日の夕方、クリステルと出掛けようとするバーブロ。しかしシャスティンには、バーブロの本当の気持ちがわかっていたのでした。

 

 ――中略――シャスティンが、急に言ったのです。
「まったく、何やってるのよ、あんたは!」
 ――中略――
「ねえ、シャスティン、わたしたちが三つ子じゃなかったのは、残念だと思わない?三つ子だったら、ぜったいにこんなことにはならなかったもの。三人の男の子に、三人の女の子がいれば、ちょうどぴったりでしょ」
「かもね」とシャスティン。「でも、その三人のうちのだれがビヨルンとつきあって、だれがクリステルと出かけるのよ?」
「そんなの、わたしがビヨルンとつきあうのよ!決まってるでしょ!」

引用元:アストリッド・リンドグレーン『サクランボたちの幸せの丘』(徳間書店)、145ページ

 

クリステルはその日のドライブでバーブロに気持ちを打ち明けました。しかし、バーブロの気持ちは固まっていました。ドライブを終えて家まで送ってもらったとき、バーブロはクリステルに別れを告げます。

 

その後もリルハムラでの日々は過ぎていきましたが、バーブロにとっては辛い日々でした。クリステルと別れても、ビヨルンは永久に戻ってはこないとわかっていたからです。

 

7月のある日、フェルムのおかみさんの盲腸が破裂してしまい、入院することになってしまいました。フェルムの子どもたちの面倒を誰が見るのかという話になったとき、バーブロが名乗り出ます。
はじめは心配する母さんでしたが、バーブロはフェルムの子どもたちの母親になりきり、自分の「仕事」に精を出しました。

 

しかし、最後の数日間は怒りっぽくなり、すぐにイライラして子どもたちに当たり散らすようになってしまいます。
自己嫌悪になり、外の木にもたれかかっていると、ビヨルンが現れました。
池で魚釣りをしようと誘うビヨルン。釣りをしながら、バーブロは自分がビヨルンにしてしまったことを何度も謝ろうとしますが、うまく言葉になりません。

 

「言いたいことって、なんだい?」ビヨルンが聞きました。
「そうね・・・・・・。また魚がかからないかな。そしたら、言わなくてもよくなるから。とても言いにくいことなのよ」
「じゃ、言わなくてもいいんじゃないかな?またこうして一緒に魚釣りに来られただけで、じゅうぶんだと思うよ」

引用元:アストリッド・リンドグレーン『サクランボたちの幸せの丘』(徳間書店)、175ページ

 

こうして二人はまた以前のように会うようになりました。

 

夏休みのある日、陸軍少尉に任命されたカール-ヘンリックが休暇を利用してリルハムラに来ることになりました。彼は、バーブロとシャスティンのいとこです。
彼は農場の人たちと大いに打ち解け、楽しい日々を過ごし、あっという間に旅立っていきました。

 

リルハムラでの初めての夏は、終わりを迎えようとしていました。
そんな中でビヨルンが二ヵ月間ストックホルムに行くことになり、バーブロは悲しみに暮れます。ストックホルムの女の子たちに誘惑されて、自分のことなど忘れてしまうだろうと言うバーブロに、ビヨルンは告げます。

 

「昔なじみのかわいいバーブロのことを、忘れたりはしないよ。五百万何千秒のあいだずっと、きみのことを考えているから。茶色のそばかすのことも、何もかも!」

引用元:アストリッド・リンドグレーン『サクランボたちの幸せの丘』(徳間書店)、207~208ページ

 

バーブロはその言葉に喜びを隠せず、二人はその場で別れました。

 

物語は、リルハムラに訪れた秋の情景を描き出して幕を閉じます。

 

 湖の方から、やわらかな霧が、羊毛の塊みたいに、ころがるように流れてきました。これは、いよいよ秋になった印です。わたしたちの輝く夏は、過ぎたのです。
 ――中略――
 父さんは入口の階段の上で振り返り、霧の中、ゆっくりと暮れなずんでいく自分の領地を見まわしながら言いました。
「たぶん今夜は、ひどい雨になるだろう。まあ、見ててごらん」
 そうしてわたしたちは、家の中へ入っていきました。

引用元:アストリッド・リンドグレーン『サクランボたちの幸せの丘』(徳間書店)、212ページ

 

感想

アストリッド・リンドグレーンの名前を聞いてピンと来た方もいらっしゃるかもですが、この方は『長くつ下のピッピ』の作者として知られています。(私は読んだことはないのですが)

 

この本は、双子の妹であるバーブロの一人称で語られています。
タイトルに「幸せの丘」とあるように、この本には悪人らしい悪人は一人も出てきません。みんな良い人たちで、そんな素敵な人たちに囲まれながらの農場暮らしは、双子の姉妹にとって本当に幸福でかけがえのない日常だったことでしょう。

 

二人は16歳。お年頃の女の子ということもあり、二人が経験する恋愛についても多く描かれていて、私はこの二人がとても身近な存在に感じました。

 

シャスティンはエーリックと順調に交際を続けていきますが、バーブロはビヨルン、クリステルという二人の男性の間で気持ちが揺れ動くことになります。
思春期の真っ只中にある女の子の恋の悩み。「わかるなぁ」と共感できる部分もあったり、「それはアカンやろ!」と腹が立ったり。

 

バーブロは、若さゆえの愚かさでビヨルンを傷つけてしまいます。
しかし、クリステルとのデートを重ねても、心のどこかでビヨルンのことが忘れられない・・・自分が本当に好きなのは誰なのか。正直な自分の心に気付くことができたのは、バーブロの大きな成長ではないかと思います。

 

私自身の甘酸っぱい青春の味を思い出しつつ、とても楽しく読むことができました。
まぁ、青春というものはもはや私には遠い過去になってしまいましたが(笑)