行雲流水 〜お気に召すまま〜

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読書感想:『星を見あげたふたりの夏』

シンシア・ロードの『星を見あげたふたりの夏』(あかね書房)を読み終わりました。

 

作者について

児童書作家。デビュー作『ルール!』(主婦の友社)で、2007年ニューベリー賞オナーに選ばれた。米国ニューハンプシャー州出身で、現在は本書の舞台、メイン州に在住。教師、行動障害スペシャリスト、書籍販売などを経て、作家に。

引用元:シンシア・ロード『星を見あげたふたりの夏』(あかね書房

 

概要

リリーとサルマを結び付けたのは、目の見えないリリーの飼い犬だった――地元の少女リリーと、農園の出稼ぎ労働者の娘サルマの友情を描いた物語です。

 

内容紹介

リリーはメイン州に住む女の子。おじいちゃん、おばあちゃん、飼い犬のラッキーとともに暮らしています。おじいちゃん、おばあちゃんは、なんでも屋を町で営んでいます。
ラッキーは黒いラブラドール・レトリーバーです。しかし、ラッキーの目は白く濁っています。白内障にかかり、視力を失いつつありました。

 

ある日、リリーはラッキーとブルーベリー農場の近くを散歩していました。ところが、突如としてラッキーが走り出します。
リリーの制止もきかず、ラッキーがトラックにはねられてしまいそうになった時、その子は現れました。
その子がバックパックからサンドイッチとポテトチップの袋を取り出すと、その音にラッキーは反応し、おとなしくなりました。

 

リリーはようやく追いつきますが、息を切らしていたためぺこりと頭をさげるのがやっとでした。
その子の年齢は、リリーと同じ12歳くらいに見えます。とてもきれいな子でした。
姿格好から、おそらくは、夏の間だけ農場に出稼ぎにきている家族の子どもです。そうした家族は多くいましたが彼らの滞在は短く、これまでリリーと彼らとの間に接点はありませんでした。

 

その夜、散歩中にあった出来事をおばあちゃんに話すと、なにか食べる物をその子の家に持って行ってあげなさいと言われました。名前も知らないのにどうするのかと思っていたら、おじいちゃんが一緒に来てくれると言います。
農場に向かい、出稼ぎ労働者のキャンプで受付をすますと、事務所にいるミゲルに要件を伝えました。
ミゲルによると、リリーが出会ったのは「サンティアゴ」という一家で、娘の名は「サルマ」とのことでした。

 

ミゲルがドアをノックし、サンティアゴのおかあさんが出てきました。その後から、あの女の子――サルマも出てきました。
サルマのおかあさんはスペイン語しかわからないようですが、サルマとサルマのおとうさんは英語がわかるようです。
昼間のお礼を伝え、おばあちゃんの作ってくれたお土産のポークパイを渡して、二人は笑顔で手を振って別れました。

 

翌日、サルマが店にたずねてきました。ポークパイのお礼に、ブルーベリー・エンチラーダを持ってきたとのことで、二人で食します。
ラッキーも、サルマのことを覚えていたようで、とても嬉しそうにしていました。

 

ふと、サルマがリリーの手元を見やると、絵の具と木で作ったハチの家が置いてあります。このハチの家にステンシルで絵を描くのがリリーの仕事でした。ラッキーの目の手術代を稼ぐためです。

 

事情を知ったサルマは、実は絵が得意でした。ステンシルも使わずにハチの家に自由に絵を描いていきます。それはとても色鮮やかでパワフルな花の絵でした。

 

明日もハチの家の絵を描くのを手伝うと言ってくれたサルマですが、リリーは内心、こんな絵では売れないだろうと思いました。絵の具が乾いたら、サルマの絵の上からこっそりぬりなおすつもりでいたのです。

 

ところが、次の朝になってみると、驚くべきことが起こっていました。サルマが絵を描いたハチの家が売れたというのです。
購入したお客さんは女性でした。その人は、サルマの描いた絵を見て芸術だと思ったと言います。
リリーにとって、お金が入るのは嬉しいことでした。と同時に、少し悔しい気持ちもありました。自分の描いたのは芸術ではないと言われたような気がしたのです。

 

その日も、サルマはカラフルな絵の具で絵を描こうとしました。ピンクの絵の具でハチを描くというサルマに、リリーは驚きを隠せません。

 

 ピンク?わたしはまた口がぽかんとあいた。サルマはもうピンクの絵の具を出している。ひとりのお客さんがあのきてれつな色の家を買ったからって、もうこれ以上売れるわけはない。花はいろんな色でもいいけど、ハチは――「ピンクのハチなんて見たことあるの?」
 サルマはうなずいた。「もちろん。空想で。想像するの、好きじゃない?」

引用元:シンシア・ロード『星を見あげたふたりの夏』(あかね書房)、44ページ

 

リリーはハチの家をとりました。ちょっと変化をつけてみようか・・・しかし、結局リリーは緑の絵の具で葉っぱを塗りました。

 

・・・獣医のキャッツ先生は、とてもやさしい人でした。ラッキーにもとても良くしてくれます。
ラッキーの目の手術代は、諸費用合わせて二千ドル以上はかかります。ハチの家を売るだけでは、ものすごい時間がかかりそうです――。

 

翌日、ハンナが店にやってきました。リリーとハンナは幼い頃からいつも二人一緒の親友でしたが、いつしかハンナが男の子の話ばかりするようになり、リリーはハンナと会うのがだんだん煩わしくなってきていました。
ハンナとの会話もそこそこに店に戻ると、すでにサルマが来ていました。
リリーは、8月の終わりに行われるブルーベリー・フェスティバルについてサルマに話します。
二人は、ラッキーの手術代を稼ぐため、このフェスティバルにブースを借りて出店することにしました。

 

実はこの大会では、ダウンイースト・ブルーベリー・クイーンというコンテストも開かれることになっており、リリーのおかあさんは過去に3年連続優勝を経験しています。
昨年の優勝者はハンナでした。ハンナはもちろん今年も優勝を狙って出場します。
サルマも、この大会に出ることにしました。大会の出場者は町の人間でなければならないというルールはないのです。
リリーとサルマは、実行委員会メンバーのラルーさんにサルマの出場を申し込みにいきました。しかし、サルマは元気がありません。

 

 サルマは小さな石をけった。「ラルーさんはぜったいあたしは優勝しないと思ってる。キャンプの子だから。みんな、あたしたちが働きにくるのは歓迎するけど、透明人間でいてほしいんだよ」
 わたしははずかしかった。サルマのいうとおりだから。サルマに会うまでは、毎年夏になると来て、いつのまにかいなくなる労働者家族のことを気にもしていなかった。――中略―――
 でもサルマと友だちになってから、わたしは見方が変わった。サルマならほかの人の見方も変えられるはず。おかあさんがフランス系カナダ人ではじめて優勝してクイーンになったときに、みんなの考えを変えたみたいに。おかあさんが優勝するわけないと思ってた人もいただろう。それでもおかあさんは挑戦して、みんなの目のまえでやりとげた。

引用元:シンシア・ロード『星を見あげたふたりの夏』(あかね書房)、114ページ

 

二人の挑戦が始まりました。
リリーはハチの家の他、ブルーベリー・エンチラーダも販売することにしていたので試作を重ねる日々。
サルマは慣れない言葉遣いの練習、ブルーベリーについての一問一答の練習を日々重ねていきました。コンテストでは、立ち居振る舞い、ドレスの着こなしの他、ブルーベリーについての知識も問われるのです。

 

迎えたフェスティバル当日。
コンテストに出場する女の子たちは、みんなきれいにドレスアップしていました。
その中でも、サルマとハンナはひときわ目立っています。

 

一次審査が終わり、次の審査に進む3名の中に、サルマとハンナの名前がありました。
しかし次の審査が始まると、サルマの姿が見えなくなりました。
心配したリリーがステージ裏に探しにいくと、すっかり自信を消失したサルマの姿がありました。普段の元気なサルマからは想像もつかないほどおびえています。

 

リリーは、自分がサポートすると言ってサルマの手をとり、ともにステージに向かいました。
リリーの力添えもあり、サルマは自信を取り戻し、自分をアピールし、なんとかその場を切り抜けたのでした。

 

・・・コンテストの結果は、優勝者ハンナ、サルマは準優勝です。
サルマは賞品としてフェスティバルで使える商品券をもらいました。それをリリーに渡します。
しかし、リリーがよく見ると、商品券が入った封筒には、動物愛護協会の名前が入っていました。

 

理由をといただすリリーに、サルマは答えます。

 

「目が見えない犬についていろいろ読んでいたら、ラッキーを助けるのは犬じゃないかって気がついた。犬は群れでくらす習性があるから、仲間の犬がラッキーを助け、ラッキーの目になってくれるかもしれない。リリーに話そうと思っていたところへ、商品券をもらって、これは運命だと思った。だからもうたのんできた」

引用元:シンシア・ロード『星を見あげたふたりの夏』(あかね書房)、201ページ

 

リリーは納得ができません。もともとブースの出店をしたのは、ラッキーの目の手術代を稼ぐためでした。
しかし、手術をしても絶対に治るとは限らないのです。しかもラッキーはすでに老犬です。手術に耐えることができないかもしれない――。
それは以前、リリー自身が獣医のキャッツ先生から言われていたことでもあったのです。そして今、サルマもまた、仲間の犬がいることがラッキーのためになると言う。
リリーは信じられない思いでした。サルマに対し、つい強い口調で言い返してしまいます。あきらめきれないリリーに、おじいちゃんが言いました。

 

 ――中略――「リリー、わたしがいったのをおぼえてるかい。だれだって、愛する人には望みをかなえてほしいと思うものだって」
「ほんとだよ!わたしはラッキーに見えるようになってほしいの。サルマはそれを知ってるのに」
「そうだね。リリーはラッキーの目を治したい。でもラッキーはなにを望んでいる?」
 ラッキーはサルマが行ってしまった方向にじっと顔をむけていた。期待するみたいに、しっぽをときどきふる。「ラッキー見えるようになりたがってる」
「それはどうかな。ラッキーはいまのままで満足しているように見えるよ。人が犬から学べることはある。犬は失ったことを悲しんで過去をふりかえりはしない。『なんで、おれが?』といつまでもなげいてばかりじゃない。まえへ進んで、またうれしいことを見つけるんだ」

引用元:シンシア・ロード『星を見あげたふたりの夏』(あかね書房)、203~204ページ

 

もう一つの問題は、おばあちゃんでした。おばあちゃんはラッキーのことをとても嫌っているのです。犬をもう一ぴき飼うなんて、許してくれるはずもありません。
それはここに呼べばわかる、と言っておじいちゃんは店番しているおばあちゃんに電話をかけました。

 

おばあちゃんが駆けつけてくると、案の定とても怒っていました。説得を試みるおじいちゃんですが、おばあちゃんは頑なに首を縦にふりません。
ラッキーのことを責めるように、おじいちゃんに詰めよります。

 

ラッキーは何も悪くないのです。ラッキーは自分が怒られているように感じたのか、リリーのそばに寄ってきました。
リリーがふと顔をあげると、なんとおばあちゃんの目がうるんでいました。こんなおばあちゃんの姿を見るのははじめてです。

 

おばあちゃんは、過去に起こったある出来事が原因でラッキーを嫌うようになってしまったのでした。しかし、それは決してラッキーのせいではありません。
おばあちゃんは過去にとらわれるあまり、リリーに対しても過保護気味になり、ラッキーのことにも無関心を装っていたのでした。

 

もう一ぴきの世話はすべてリリーがすることを条件に、おばあちゃんは犬を飼うことを承諾します。
「ロージー」と名付けられたその犬を連れてサルマの家に行き、リリーとサルマは仲直りしました。

 

・・・やがて、別れの日が近づいてきました。サルマがリリーに自分の描いた絵を渡すシーンで、この物語は幕を閉じます。

 

 絵をよく見て気がついた。犬の足もとや、畑のわきの道のそば、タイガーリリーのまわりにも、一面に広がるブルーベリーはいろんな色でかかれている。赤、ピンク、むらさき、黒、青、白、しま模様の実もある。
 そして小さなブルーベリーの実ひとつひとつには小さな黄色い点。
 銀河でたくさんの星がかがやいているみたいだった。

引用元:シンシア・ロード『星を見あげたふたりの夏』(あかね書房)、222ページ

 

感想

この物語は、「新しいことに挑戦する」ことが大きなテーマになっています。

 

それまで農場の出稼ぎ労働者と接することのなかったリリー。そんなリリーが、何事にも前向きなサルマとの出会いによって、フェスティバルに出店してハチの家を販売することを決意します。
一方のサルマもまた、自分はひと夏の間しかこの町にいないとわかっていながらも、コンテストに出場する決意をします。

 

サルマは結果的に優勝することはできませんでした。
しかし、それまで思ってもみなかったことに挑戦したということが、二人にとって大きな財産になったことは間違いありません。

 

私がこの本の中で一番心を動かされたのは、普段は強気なおばあちゃんが、もう一匹犬を飼うにあたって涙を見せる場面です。
リリーとラッキーに対して冷たいように見えるけれども、実はそこにはおばあちゃんの隠された苦悩があって、ずっと一人でその苦悩を抱え続けてきたのです。

 

おばあちゃん、苦しかっただろうなぁ・・・。

 

すべてをわかった上でおばあちゃんを受け入れるおじいちゃん――「もういろんなことから解放されてもいいんじゃないか」と優しくおばあちゃんを包み込む愛の深さに、涙が止まりませんでした。

 

この本には、至るところに可愛いイラストが添えられています。
どのページでも、ラッキーが本当に幸せそうな表情をしていて、それがまた私の涙をそそるのでした。