行雲流水 〜お気に召すまま〜

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読書感想:『ミムス ――宮廷道化師』

リリ・タールの『ミムス ――宮廷道化師』(小峰書店)を読み終わりました。

 

作者について

高校卒業後、看護師として働いたのち、大学で中世史を学ぶ。その後、マルチメディア・情報技術を学び、2000年から執筆活動に入る。
デビュー作の『ピレマイヤー警部』は2002年にベスト児童推理小説賞を受賞し、以来シリーズ化された。本書『ミムス 宮廷道化師』は2004年のドイツ児童文学賞にノミネートされたほか、バード・ハルツブルク青少年文学賞、若い読者が選ぶ青少年文学賞などを受賞。また、オーストラリア、イギリス、北米、ハンガリー、スペイン、フランスなどでも翻訳出版されている。

引用元: リリ・タール『ミムス ――宮廷道化師』(小峰書店

 

概要

王国の跡取りである王子フロリーンと、彼が弟子入りさせられた宮廷道化師を取り巻く物語。敵国の罠によって囚われの身となり宮廷道化師ミムスに弟子入りさせられたフロリーン。怒りと屈辱に耐えながらも、師匠ミムスや城の厨房見習いベンツォとの交流を通し、自国の貴族たちに救い出されるまでを描いた物語です。

 

内容紹介

フロリーンは、モンフィール王国の王子。ラドボド、ゼナ、タンコという三人の友人たちとともに、王室騎士学校に通っていました。

 

フロリーンの父親であるフィリップ王は、数日前から不在でした。

 

ある日、父親に代わって謁見中だったフロリーンは、父の使いの者が到着したと知らされます。
使いの者はティロ伯爵でした。彼はフィリップ王からの文書を携えていました。
文書の内容は、両国の王が和平条約に署名し和解の約束をしたこと、ついてはヴィンランド王国のテオド王が自国の城で祝祭を開きたいためフロリーンにもぜひとも参加するように、との内容でした。

 

両国間で長く続いていた戦争に心を痛めていたフロリーンは、ついに平和の時が訪れるのだと心躍らせ、喜び勇んでティロ伯爵とともにヴィンランドへ向けて出発しました。

 

ヴィンランドのベリンガー城に到着したフロリーンはしかし、そこで違和感を覚えます。祝祭というからには自分は客人であるはずなのに、あまり歓迎されているようには見えませんでした。

 

その心配を見透かしたかのように、テオド王はフロリーンに「じきに愉快になるぞ」と告げます。
待っているうちに、入り口の方が騒がしくなりました。

 

フロリーンは何が起こるかとわくわくしていましたが、次の瞬間、目を疑いました。
ヴィンランドとの和平協定のためにフィリップ王と随行した高官たちが、次々と引き立てられてきたのです。そしてそのフィリップ王も、捕虜として引き立てられてきました。

 

なんと、自分の城で平和を記念した祝祭を開きたいというのは、テオド王が仕組んだ罠だったのです!

 

フィリップ王と高官たちは地下牢に閉じ込められてしまいました。
そしてフロリーンもまた、テオド王の宮廷道化師であるミムスに無理やり弟子入りさせられてしまいます。城の中の薄暗い小部屋でミムスとともに寝起きしなければならなくなったのでした。

 

着ていたものをすべて取り上げられ、道化師の衣装を着ることになったフロリーン。怒りと屈辱にまみれながらも、渋々衣装に袖を通します。

 

はじめフロリーンの足には鎖がはめられていましたが、ミムスが数日後に外してくれました。一度は城からの脱走を試みますが、敢えなく失敗します。
ミムスは足かせはもう必要ないと言っていました。
しかしそれは、地下牢につながれるか、道化としてここで一生暮らすかのどちらかしか選択肢はないことを意味していました。

 

ミムスからの宿題を毎日のように出されるフロリーン。時にはテオド王の前で道化を演じさせられることもありました。
フロリーンにとっては屈辱以外の何物でもありませんでしたが、地下牢にいる父のことを片時も忘れたことはありませんでした。

 

ある日、モンフィールからの使者がテオド王の前に通されます。
その使者は、五十万フロリーンと引き換えにフィリップ王とその息子を引き取りたいと申し立てます。(フロリーンは通貨の単位としても使われていました)

 

その時ミムスが躍り出ました。彼は、フロリーンがモンフィールの王子であることを使者の前でほのめかします。
これがテオド王の怒りを買い、全員追い出されてしまいました。

 

その日の夜、フロリーンのいる小部屋に忍び込んでくる者がありました。
モンフィールからの使者ヴィクトル伯爵でした。ヴィクトル伯爵はミムスが言ったことを確かめるため、フロリーンの小部屋にやってきたのでした。
道化の姿をしたこの少年が紛れもなくフロリーン本人であることを確認すると、ヴィクトル伯爵はフロリーンに伝えます。

 

「殿下、おつらいとは存じますが、まだとうぶんはご辛抱いただかなければなりません。ただ、どんなに時間がかかっても、けっして希望をお捨てにならないよう。注意深く身辺を見、われわれを信じて連絡をお待ちください。では、お元気で!」

引用元: リリ・タール『ミムス ――宮廷道化師』(小峰書店)、263ページ

 

ヴィクトル伯爵の言葉によってフロリーンは希望を取り戻しました。相変わらずミムスとともに道化を演じさせらてはいましたが、国からの助けが来てくれることを信じるようになりました。

 

しかし、辛い日々は続きました。
モンフィールを裏切り、ヴィンランド側に寝返った貴族たちがベリンガー城を訪ねてきたときのこと。そこにはフロリーンの友人、ラドボドの姿もありました。
ラドボド自身は決してモンフィールを、そしてフロリーンを裏切ってはいないのですが、彼の父がヴィンランド側についたのでした。

 

対面するフロリーンとラドボド。自分のことを信じてほしいと訴えかけるラドボドに、フロリーンは冷たい言葉を浴びせかけます。

 

ラドボドと決別し、一時は重い気持ちになるフロリーン。しかし、彼はいつまでも悲嘆に暮れてはいませんでした。
ヴィクトル伯爵の言葉やラドボドから聞かされた自国の状況から、自分は見放されていないということがわかったことで希望を持てたのでした。

 

待ちに待ったその報せは、忘れた頃にやってきました。それは暗号という形でフロリーンの手に渡ります。
暗号を解いた彼は、その頃すっかり親しくなっていた城の厨房見習いのベンツォの協力を得て、地下室の見取り図を作成します。それは、ベンツォまでをも危険にさらす命がけの行為でした。その地図が後に重要な役割を果たすことになるとは、フロリーンは想像もしていませんでした。

 

次の報せについても、まったく思いがけない時にやってきました。前回と同様にして暗号を解いたフロリーン。そこには、待ち合わせの時間と場所が書かれていました。
しかし、宮廷道化師であるフロリーンは、城を出ることを許されていません。今回もまたベンツォの力を借りることになりました。

 

約束の場所にたどり着いたフロリーンは、ヴィクトル伯爵と落ち合います。
彼の口から、自分たちの救出計画が持ち上がっていることを告げられるのでした。そしてそれが翌日に決行されるということも。

 

ヴィクトル伯爵の言う計画とは、ベリンガー城の地下に坑道を掘り進め、城を土台から崩してしまおうというものでした。
フロリーンはこの時初めて、地下の見取り図が何の役に立ったのかを知ります。

 

坑道を奥まで見たいというフロリーンがその場所まで案内されると、そこにはラドボドがいました。彼は坑道の先頭を切り、掘り進めていたのでした。
自分のために命をかけてくれている友――フロリーンはラドボドの手をとり、ぎゅっと握りしめました。

 

城に戻ったフロリーンは、ミムスから明日の夜フィリップ王が処刑されることを聞かされます。明日は謝肉祭の祝日。ベリンガー城で晩餐会が開かれるのです。そんな日に、フィリップ王の処刑・・・。テオド王の考えそうなことでした。
しかし、救出計画は明日の夜に実行される。間に合わないかもしれない・・・。

 

 フロリーンはすっかり混乱しながらも、ひとつだけ、はっきりとわかっていることがあった。助けを求めるとしたら、この世にたった一人の人物をおいてほかにない。
「ミムス、頼むから助けてくれ!」悲痛な声でフロリーンは言った。

引用元: リリ・タール『ミムス ――宮廷道化師』(小峰書店)、483ページ

 

ミムスは、ある誓いと引き換えに、フロリーンを助けることを承知します。

 

ついにやってきた晩餐会の夜――。
ミムスはフロリーンを助けると言ってはくれたものの、実際に何をやるかは頑なに教えてくれませんでした。ミムスはただ、「そのときになりゃわかる」とだけフロリーンに告げます。

 

晩餐会で道化を演じ始めたミムス。
うまく客たちを引きつけていましたが、ついにそれも終わりの時が来ました。フィリップ王が広間に引き立てられてきます。広間には断頭台が準備されていました。モンフィールからの救援は、来ませんでした。

 

今にもフィリップ王が処刑されようという時――ミムスが処刑の歌を歌い始めました。少しでも時間を稼ぐために。
それでも、モンフィールからの救援はまだ来ません。フロリーンはとうとう諦めました。

 

「もうやめろ、ミムス!」耐えきれずにフロリーンは叫んだ。「頼むから、やめてくれよ!」
 ついに自制心を失い、フロリーンはミムスにかけよった。「もう、いいんだ、終わったんだ。これ以上、苦しみをのばさないでくれよ!」

引用元: リリ・タール『ミムス ――宮廷道化師』(小峰書店)、507ページ

 

その時、広間の外がにわかに騒がしくなりました。同時に、ズシンという地響き。城が崩壊する、と叫びながらベリンガー城の隊長が入ってきました。

 

モンフィールの救援部隊がやって来たのです。場内は一気に混乱の戦場と化しました。
相対するフィリップ王とテオド王。そこに追いついたモンフィールの兵士が、ヴィクトル伯爵の命令によって剣を振り上げました。

 

まさに剣が振り下ろされようとするその時、フロリーンが止めに入ります。テオド王に危害を加えることは許さない、と。
誰もが驚きましたが、これこそが、フロリーンがミムスに助けを求めた時に、ミムスと誓ったことだったのです。

 

しかし、周囲はそれでおさまりませんでした。ヴィクトル伯爵はテオド王の息子リカルドを、ベネディクト長官がフロリーンをそれぞれ人質にとります。

 

その時、ミムスが現われました。彼の出現によって混乱するかのように見えましたが、ミムスの巧みな道化によって人質が解放されます。
ミムスは道化を続け、その場を攪乱します。最後に、テオド王がミムスによって屈辱的な道化を演じさせられたのでした。
ヴィクトル伯爵が言います。

 

「ヴィンランドの王に、最後に一言だけ申しあげます」彼は、ミムスのとなりでこわばった表情のまま立ちつくすテオド王にむかっていった。「陛下がまだ生きておられるのは、道化のおかげだということを、なにとぞお忘れなく。モンフィールの王子が、道化に陛下の身の安全を守ると誓っていなければ、陛下の首はとっくに刎ねられていました。道化を処刑する前に、これだけはご自覚くださいますよう!」

引用元: リリ・タール『ミムス ――宮廷道化師』(小峰書店)、529ページ

 

10日後、今度こそ本当に両国間での休戦協定に署名がなされました。フィリップ王はミムスを買い取ろうとしましたが、テオドは断固として拒否しました。

 

しかし、ミムスの待遇を今より良くすることについては同意したとのことで、フロリーンはミムスにそれを伝えに行きました。
フロリーンはミムスに城を逃げ出すよう伝えましたが、ミムスは首を縦には振りませんでした。それどころか、フロリーンを手荒くドアの外へ押しだしてしまいました。

 

数年後、モンフィールに来客がありました。ヴィンランドに住む、フロリーンと同い年くらいの少年――ベリンガー城の厨房見習いだったベンツォでした。

 

ベンツォの協力があったからこそ、フロリーンは無事にモンフィールに戻ることができたのです。彼がモンフィールに招かれたのは、王室から彼に対して正式に感謝の意を表するためでした。
ベンツォには男爵の地位と、モンフィールの副料理長の立場が与えられることになりました。ベンツォも喜んで引き受けます。

 

・・・物語は、フロリーンが手紙を出す場面で幕を閉じます。
その巻紙は、印章のついた蠟でていねいに封印されていました。フロリーンが新しく作ることを許されたその印章には、ある特別な人物への敬意が込められていました。

 

「きっと気に入ってくれるだろ、ミムス」フロリーンはつぶやく。
 モンフィールの王位継承者の新しい印章には、ミダス王の姿が刻まれていた。
 たくさんの鈴がついた服を着た、王冠をかぶった若い男。
 そして、その頭からはにょっきり、ロバの耳が生えていた。

引用元: リリ・タール『ミムス ――宮廷道化師』(小峰書店)、547ページ

 

感想

こういった王国モノ、実は私の大好物です(笑)
それもあってか読み始めたらもう止まらなくて、550ページ近くもある大作ながら一日で読破してしまいました。

 

ミムスはテオド王に仕える宮廷道化師。突如弟子入りすることになったフロリーンをはじめは疎ましく感じます。
彼はあくまでも道化師。敵か味方か――心から信じていいものか、言動からはわかりません。

 

一方のフロリーンは、それまで一国の王子として暮らしていたのが、ある日突然敵国の手の中に落ち、しかも道化師として暮らす羽目になります。
屈辱と怒りから、フロリーンもはじめはミムスを蔑み、ミムスに言われたことなど絶対にしたくないと頑なに拒みます。

 

しかし、フロリーンはミムスの機転によって何度も窮地を救われることになります。
また、夜ごと悪夢にうなされるフロリーンに対し、ミムスが優しく額をなでてやるシーンも何度か登場します。

 

敵か味方かわからないミムスだけど、そんな人間らしさを垣間見ることもあり、私はこのミムスという人物にすごく好感が持てました。
最後にテオド王が道化を演じさせられる場面はとても痛快でした。

 

この物語で残念なところを挙げるとすれば、下記の二点。

 

まず、物語の冒頭で出てくる三人の少年たち(ラドボド、ゼナ、タンコ)については、もう少し詳しく人物像の説明がほしかったなというところです。
ラドボドとゼナとは物語終盤で再会することになるので、予備知識として彼らがどういう人間なのかをもう少し詳しく知りたかったです。
タンコは冒頭で少し登場したのみで、その後名前だけは何度か出てくるものの、再会の場面がなかったのが気になりました。彼もフロリーンの友人なのですが・・・。

 

あと、フロリーンの護衛騎士シュトゥルミウスも冒頭でしか出番がなかったのが残念です。
護衛騎士という肩書きがあるくらいなので、このシュトゥルミウスがめっちゃオイシイところを持って行くのかなとばかり思っていたら、こちらも冒頭で出番終了。
想像するに絶対イケメンに間違いないのですが、なんとも残念・・・。

 

まぁこれらのことを差し引いたとしても、物語としては十分面白かったので、私としては大満足です。